小さいふ。


手塚治虫の描いたメッセージ

#4 僕は戦争を忘れない “失われた時代”

手塚ワールドとクアトロガッツのコラボ小さいふ。第一弾「ブッダ」第二弾「鉄腕アトム」の小さいふが誕生。
マンガのキャラクターの生みの親である手塚治虫が伝え続けてきたこと。それは生命の尊厳というテーマでした。
地球を守りたい、生命を守りたい、子どもたちの未来を守りたい。年月を経て一層輝きを放つ手塚治虫のメッセージに今一度耳を傾けたいと思います。


「自然がぼくにマンガを描かせた」とあるように手塚少年にとって豊かな自然は空想がどこまでも広がっていく無限の場所でした。治虫というペンネームも甲虫のオサムシになぞらえているほど、昆虫採集に夢中な少年時代。

そんな恵まれた環境で過ごした子供時代も、青春期には空襲と窮乏生活によってほとんど失われてしまいます。手塚治虫は日中戦争の前夜に小学校に入って、太平洋戦争の前夜に中学校に入っています。父は戦争にとられ、勉強はできず、腹をすかせ、大勢の友人を失いました。空襲に襲われて周囲が火と死体の山となったとき、絶望して、もう世界は終末だと思ったと語っています。


「僕が、アニメーション映画に力を注いできたのも、一つには、この軍国主義による映画の効用を逆手にとって、夢や希望に目を輝かせることのできる子どもたちに育ってもらいたいからなのです。」

(僕は戦争を忘れない『ガラスの地球を救え』より)


戦争体験から生命の尊さを深く知った手塚治虫は、医学の道を志して後年医学博士になりますが、しかし結局彼自身が一番望んだ職業は子供に夢を与える仕事。すなわち漫画家、アニメーション作家でした。

つづく


(C)手塚プロダクション / 講談社

※手塚治虫の「塚」の字は、正しくは旧字体(塚にヽのある字)となります

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クアトロガッツ/WEBスタッフ
編集/文 中辻晃生 楠戸達也